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巨人軍吉村禎章を大怪我させた栄村忠広の贖罪の日々が明らかに

2016/09/23

吉村禎章(よしむらさだあき)

yosimura140918

巨人の80年代を代表する強打者。昔からの野球ファンで知らない人はいないでしょう。

甲子園の常連PLからドラフト3位で巨人軍へ入団すると、その非凡なバッティングセンスで1987年には30本塁打を記録するなど長距離砲として巨人の主力選手でした。あの王さんも認める才能はまさに野球界のエリートそのものでした。

当時小学生だった私もよく彼のお尻を突きだした打撃フォームを真似ていましたね。

 

そんな吉村は1988年野球生命の危機ともいえる大怪我をします。

9月17日放送のTBS系「石橋貴明のスポーツ伝説・・・光と影」

その番組のなかで26年前のあの事故の真実が明かされました。

2人の運命を変えた円山球場

運命の1988年7月6日対中日ドラゴンズ戦。札幌市円山球場。吉村は3回に自身通算100号となるホームランを打ち、試合も巨人が大量リードでした。

そんな楽勝ムードの8回、吉村が守るレフトに打球が飛んできます。

吉村が捕球した瞬間、その回からセンターの守備についていた栄村忠広が猛然と突っ込んできたのです。

この栄村はドラフト外で巨人に入団した苦労人。エリートだった吉村とはまさに正反対の人生でした。この年、入団6年目にしてやっと1軍入りが増えていた矢先でした。

 

野球界のエリートと苦労人の人生が交錯した瞬間でした。

円山球場の芝生の上で動かない2人を観客はしばらく茫然と見ていました。

そして担架で運ばれる吉村。吉村自身は骨折ぐらいだろうと考えていたようです。ですがその怪我は想像以上のものでした。

吉村が医師から告げられたのは靭帯断裂・・・野球生命の終わりどころか歩けるかどうかわからないほどの大怪我でした。

当時の日本の医療では手に負えないと知った吉村は渡米し手術を受けます。そして長く苦しいリハビリ生活が始まるのです。

「吉村をケガさせた男」のレッテルを貼られて・・・

一方吉村に突っ込んだ栄村は「吉村をケガさせた男」のレッテルを貼られ、次第に野球界に居場所がなくなっていきます。

1990年。巨人からオリックスへ移籍後はひっそりと引退しています。彼は野球界から離れたかったのです。

マスコミの取材や野球関係者との接触を極度に避けた栄村。野球界引退後の彼を知る者はほとんどいませんでした。

引退後彼は商品先物取引会社の営業、ドライバーなどあらゆる職を転々としていたそうです。

それまでずっと野球一筋だった男には苦しい日々だったことでしょう。

そのぐらいあの事故は衝撃的だったのです。

吉村は見事にカムバック。栄村は家族の支えで必死に頑張っていた・・・

あの事故から1年。吉村は長いリハビリ生活を終え見事に復帰します。

その後は1998年まで左の代打の切り札として巨人でプレーし引退。今も指導者や解説者として野球界で活躍しています。

 

いっぽう栄村は理解ある奥様に支えられ、現在不動産会社で必死に頑張っています。

 

そして番組の中で栄村から吉村へ手紙が届きました。

その手紙の最後に「許してくれ」の言葉・・・

栄村のなかではいまだあの事故は呪縛なのです。

吉村は言います「あの事故で成長した。恨んでない」と・・・

 

いやー泣きました。1つの事故が吉村と栄村二人の人生をこんなに狂わせるとは。

番組終盤栄村が草野球しているシーンがあってジーンときました。

あんなに離れたかった野球なのにとても楽しそう。

すこしだけ救われた気がしました。

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