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元祖アイドルアナ「寺田理恵子」が泥沼人生を「爆報フライデー」で初激白した

「オレたちひょうきん族」や、数多くのバラエティ番組の司会などで活躍したフジテレビの元祖アイドルアナウンサー寺田理恵子さん(55)

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寺田理恵子さん

彼女が7月29日放送の「爆報theフライデー」でその波乱万丈の半生をTVで初激白しました。

典型的お嬢様からアイドルアナへ。そして最初の結婚と離婚

1961年東京都に生まれた寺田理恵子さんは、東京女学館中学校・高等学校を経て、聖心女子大学に進むという典型的なお嬢様として育ちました。

大学卒業後の1984年にフジテレビにアナウンサーとして採用され入社。その清楚な風貌やおっとりした話し方などから、フジテレビの”アイドル”アナウンサーとして「笑っていいとも」や「オレたちひょうきん族」等多くのバラエティ番組を中心に活躍されていました。

人気絶頂だった1989年、寺田さんが28歳のときに最初の旦那さんと結婚し寿退社。長女となる由里絵さんが誕生しています。

結婚後はフリーアナウンサーになり「大橋巨泉のクイズダービー」など人気番組に出演し活躍していましたが、1998年に離婚します。わずか9年の結婚生活でした。

2度目の結婚しかし裏切りの連続・・・

寺田さんは離婚後、大手広告代理店「電通」の社員であった関本雅一氏と知り合います。

関本さんは昔から寺田さんの大ファンだったということで、知り合ってからは猛アプローチ。最初は抵抗していた寺田さんも、次第に娘にもとてもやさしい関本さんに惹かれていきました。そして2人の交際がスタートしたのです。

その後関本さんと婚姻した寺田さんはフリーアナウンサーの仕事を辞めて専業主婦となり、幸せな家庭を育んでいくハズでした。

しかし婚姻から3か月。寺田さんは裏切られます。なんと関本さんには離婚調停中の妻子がいたのです。ですが寺田さんは関本さんを信じていました。父親のいない家庭は娘にとってもよくないと考えたからです。

ですが寺田さんはまたも裏切られます。関本さんの「広告費3億円水増し請求事件」です。当時週刊誌やスポーツ新聞でセンセーショナルに報道されたこの事件で、関本さんは電通を解雇されました。

その後関本さんは複数の会社を設立したのですが、会社の経営は思うようにいかなかったそうです。

夫の急死。時給1000円のパート生活。そして娘の歌手デビュー

そんななか、2001年には関本さんとの間に次女が誕生しました。しかし関本さんはこのころから長女の由里絵さんに対して冷たくあたるようになります。

由里絵さんが産まれたばかりの次女に触ろうとすると「触るんじゃねぇ!」と怒鳴るのです。

関本さんは極度の潔癖症だったのです。由里江さんの大事にしていたぬいぐるみや飼い猫も勝手に捨ててしまったのです。そして次第に関本さんの行動はエスカレートしていきます。由里絵さん以外の3人で家族旅行に行こうなどと明らかに「のけ者」にしていったのです。

そんな関本さんと由里絵さんの関係を少しでも改善したい寺田さんは、2人の会話のつなぎ役に徹します。

そんな寺田さんの努力が実り、2012年には家族4人での旅行が実現しました。4人はやっと本当の「家族」になれたのです。

しかし幸せな家族の生活に突然終わりが訪れます。関本さんの急死です。2012年12月10日、シャワーに入っていた関本さんが浴室で倒れそのまま帰らぬ人となってしまいました。死因は「大動脈瘤破裂」でした。

死の直前、関本さんは寺田さんにそれまで語られることのなかった感謝の言葉を伝えています。「君の言うことが正しかった」と。

彼は死を予見していたのでしょうか・・・

 

夫の死後、寺田さんは時給1000円のパート生活で家族の生活を支え、現在ではテレビやラジオに再び出演するなどご活躍されています。

そして長女の由里絵さんはシンガーソングライターとしてデビューし、タレントや声優業、そしてCMへの楽曲提供や、ミュージカルにも出演しています。2014年からは、「ユカリエ」のメンバーとして音楽活動をしているそうです。

お嬢様から華の「ひょうきんアナ」、そして2度の結婚と裏切り、夫との早すぎる死別・・・激動の人生をその明るい笑顔で乗り切ってきた寺田理恵子さん。その人生はまさに波乱万丈という言葉が相応しいですね。ですがこれからはきっと明るい未来が待っていることでしょう。

 

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