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都議会のドン「内田茂」の”黒い過去”が明らかに!まさに「東京のガン」ここに極まれり

あの舛添前東京都知事の辞任に引導を渡したとされるのが東京都議会のドン内田茂(77)氏ですね。

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内田茂氏

新都知事の「生殺与奪」もこの人に握られていると言っても過言ではありません。しかしなぜ内田氏は国会議員をも超えるような権力を手にできたのでしょうか。

 

先生殴って高校中退。テキヤ稼業で「世の裏側」を知る青年時代

内田茂氏は昭和14年3月15日、東京都千代田区神田淡路町に4人兄弟の長男として誕生しました。

地元の九段高校へ進学するも中途退学しています。その理由は「担任を殴ったから」なんだそうです。見た目どおりワイルドですな(笑)

高校中退後から、1975年に千代田区議選に初当選するまでの、およそ20年間の経歴が公式サイトを見ても「空白」となっているのですが、この間内田氏は「テキヤ」稼業に出入りしたり、雀荘を経営したりと社会の「裏側」を見ていたのだそうです。なんとなく裏社会に通じていそうな感じは以前からしていましたが実際にそうだったんですね。

鳩山家の「下足番」から政界進出。そして都議会のボスへ

20代後半に知人の区議選の手伝いをするうち、政治の世界に興味を持った内田氏は、あの鳩山由紀夫・邦夫の父親で元外務大臣の鳩山威一郎に伝手を頼って接近し、「下足番」として政界に人脈を広げていったのだそうです。

そして1975年に千代田区議に当選して以来4期区議を務め、その後東京都議選に出馬し2009年まで6期連続で当選します。その間に東京都議会自民党幹事長や東京都議会議長等を歴任するなどまさに「都議会のドン」として君臨するようになります。秀吉もびっくりの大出世ですね。

落選しても幹事長留任。石原親子を屈服。いじめで樺山都議を自殺に追い込む「東京のガン」

自民党への逆風が吹く2009年の都議選で内田氏は落選します。ですが東京都議会自民党幹事長の職はそのまま留任、議員でもないのに黒塗りのハイヤーで移動するなどその権力は健在でした。

また、当時の石原慎太郎元都知事も内田氏の権力に屈服し、都政について内田氏に話を通すことを余儀なくされるなどその「ご威光」は無視できないものとなっていました。

また、そんな内田氏に逆らうものは容赦なく叩き潰されるのが関の山で、「反内田」の急先鋒だった樺山卓司都議が、内田氏からの学校のようなひどい「いじめ」に耐え切れず自殺してしまうのです。

これについては猪瀬直樹元都知事が「News pics」で赤裸々に語っていますのでご一読をお勧めします。

猪瀬直樹が語る「東京のガン」(NEWS PICKS)

 

樺山都議を自殺に追い込み、石原慎太郎をも屈服させ、今話題にもなっていますが自身が監査役を務める企業が、オリンピックの工事を受注して売上が急増している問題等等やりたい放題の「都議会のドン」内田茂氏。

猪瀬氏の言葉を借りればまさに「東京のガン」である彼が権力を握り、「我が世の春」を謳歌しているのを都民は許してはなりませんね。

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