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日本にカジノができたら本当にバラ色?世界のカジノを牽引したラスベガスは今?

現在日本において議論されている「カジノ法案」

政治家のなかでも賛否両論意見が分かれていますね。

そんなカジノでもっとも有名なのはアメリカの「ラスベガス」ですね。

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では「カジノの街」現状はどうなのでしょうか。

まずはそんなラスベガスの歴史からみていきましょう。

 

荒涼とした砂漠が広がるネバダ州ラスベガス。

ここはなにもない砂漠の街でした。

そこにギャングだった「ベンジャミン・シーゲル」が目をつけカジノの街へと変貌させたのが第二次世界大戦後でした。

最初は赤字続きでしたが次第に儲けるようになり、他のマフィアなども次々と進出し一大カジノ都市へとなっていったのです。

そうマフィアがラスベガスを作ったといっても過言ではないのです。

ちなみに映画「ゴッドファーザー」において「モー・グリーン」というマフィアが登場するのですがあれはシーゲルがモデルだったとされています。

そんなマフィアの貴重な資金源となっていたラスベガスも1960年代後半からは大企業による買収がはじまります。「ハワード・ヒューズ」などの大富豪がホテルやカジノをどんどん買収していったのです。

また、警察による締め付けも厳しくなりマフィアはラスベガスから手を引いたのです。

このあたりのラスベガスの状況がよくわかるロバート・デ・ニーロ主演の「カジノ」という映画があります。なかなか面白い映画ですのでラスベガスやカジノへの興味がある方はぜひご覧ください。

 

そして1980年代後半より巨大ホテルの建設ラッシュが始まるのです。その資金源は「ジャンク債(ジャックボンド)」だといわれています。まさに現在につながる流れ「統合型リゾート」への転換でした。

ラスベガスは2006年には世界一のカジノの街の座をマカオに譲っています。そのマカオも最近は景気低迷のあおりを受け苦戦しているということです。

さきほど紹介した映画「カジノ」の撮影場所だった「リビエラ」という老舗カジノも閑散としているようです。

現在のラスベガスは国際会議などを積極的に呼んだり、ショーなどで家族連れを呼び込むなど路線が変わってきているのです。もう「カジノ」だけでは成り立たなくなっているということです。

つまり「カジノ」はラスベガスが示しているようにすでに斜陽なのです。こんな状況をみても本当にカジノで日本が潤うのでしょうか?

 

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