社会

怠け者じゃない!学習障害「ディスレクシア」を知ろう!

視覚や聴覚に異常がないのに、文字を読んだり、書くことが困難な学習障害「ディスレクシア」

日本では子供のおよそ1%にこの障害があるとされています。ですが世間ではまだまだ認知されていません。

12月10日放送の「ザ!世界仰天ニュース」で、その「ディスレクシア」で悩んだ井上智さんの波乱に満ちた半生が紹介されました。周りからなかなか理解されずに幼いころから苦しんだ井上さん。想像しがたいその半生とは・・・

井上智さんは1962年大阪に生まれました。活発で運動神経も抜群な子供でした。ですが彼は他の子とは決定的に劣っていることがありました。それは文字が「書けない」そして「読めない」のです。ですが全く何にも読めないわけでも書けないわけでもないのです。また、聞いたことを理解する能力はとても高かったのです。

しかしそのことが逆に彼を追い詰めます。先生からは「怠け者」と罵られ、親や兄弟からも心配され次第に居場所がなくなっていきます。周りの友達が普通に黒板の文字をノートに書き写したり、教科書の朗読をしているのに自分はできない・・・。テストも文字が書けないのでいつも赤点でした。

友達との帰り道ひとりになった井上さんは人知れず泣いていました。どうして自分は周りが当たり前にできていることができないのだろうと。先生の言うとおり自分は「怠け者」なんだと責め続ける日々を送っていました。

そして小学5年生になった井上さんに転機が訪れます。ある先生が彼の理解力に注目し、テストの時井上さんを教壇に呼び「読み上げ」をしてくれたのです。彼は書くことはできなくても人一倍問題を理解していました。結果は95点。親も喜びました。ですがクラスメートからは「えこひいき」と言われ結局そのあと「読み上げテスト」をすることはなくなりました。

中学に入った井上さんは読み書きできないことを隠すため、不良のような態度で先生に反抗しました。教室で当てられることがなくなった井上さんはかえって授業を楽しめるようになっていました。

運動神経がよかった井上さんは陸上競技の特待生としてある高校へ進学します。ですがその学校は荒れており、わずか3か月で中退します。その後家を出て居酒屋で働きますが領収書や注文書を書くことができずに辞めてしまいます。

次に内装業の仕事に飛び込みました。この仕事は井上さんに向いていました。書いたり読んだりすることはほとんどなく、自分の能力を生かせる職場だったのです。すぐに会社でも重宝されるようになり、ついには自分で事業を起こすまでになりました。

ですがバブル崩壊で事業は失敗。その後移り住んだ鳥取県で別荘の管理や補修の仕事を始めました。そして教育関係の仕事をする女性と結婚。仕事も軌道に乗りだし充実した日々を送っていました。

そしてある本との運命的な出会いを迎えます。それは「怠けてなんかない!」という本でした。その内容はまさに井上さん自身のことでした。「ディスレクシア」という学習障害のことをここで初めて知ることになるのです。今までの苦労を思いなんともいえぬ悔しさや怒りがこみ上げ、井上さんは大泣きしました。と同時にすっと肩の荷が降りた気がしたのです。

今では優秀な大工として顧客からの信頼も厚い井上さん。52歳となった現在でも書くことや読むことは困難ですが「パソコン」のおかげで昔ほど苦労しなくなったそうです。また、検索などで勉強することがとても楽しいと語っています。

「怠け者」だから文字が読めなかったり書けないんだとずっと自分を責め続けた井上さん。さぞ苦しい日々だったと思います。私も今回の番組を見て初めてこの学習障害「ディスレクシア」を知りました。海外ではあのハリウッドスター「トム・クルーズ」が「ディスレクシア」だとカミングアウトし認知度が上がりましたが、国内においてはまだまだこの障害に対する世間の理解は進んでいるとはいえない現状のようです。

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